2012-01-01から1年間の記事一覧

「人類の星の時間」 シュテファン・ツヴァイク 片山敏彦訳 (1996 初版は1961) みすず書房

地上の人間たちの中へきわめて稀にしか下りて来ないようなそんな偉大な瞬間は、それを生かすことのできない不適任者におそるべき報復をする。あらゆる市民的美徳、ひかえめ、従順、熱心さと穏健、それらはつねにただ天才力を要望し、天才力を持続的な姿にま…

「カイミジンコに聞いたこと」 花井哲郎 (2006) どうぶつ社

どこの地質の説明だったかもう記憶に残ってはいないが、地層中の化石を掘り出しながら、化石の産状の説明をして、観察から過去の環境が復元されて面白いと話をしていたとき、ある学生が、突然、「先生、何のためにそんなことを研究しているのですか」と言う…

「百鬼園随筆」 内田百輭 (2002 初版本は1933) 新潮文庫

しかし、又他の、耶蘇教信者の友達が、こんな事を云った。実際、世渡りがうまいという事はひとつの天稟(てんびん)である。僕なんか到底実生活で成功する事は出来ない。努力すれば、却って反対の結果になる。実生活ばかりではない。うまいという事は信仰の…

「吟醸酒の光と影」 篠田次郎 (2001) 技法堂出版

清酒は江戸時代に灘という産地を形成した。明治後期に伏見も産地になった。だが、その生産量は昭和二〇年までは双方あわせて十数%に過ぎなかった。「灘の下り酒」「灘の生一本」「灘の男酒、伏見の女酒」など、これらの産地の酒を称えるキャッチフレーズが…

「吟醸酒への招待」 篠田次郎 (1997) 中公新書

そればかりではない、多くの器具は紙や布で覆い縄掛けまでするのだ。半年たったらまたやってきて、包装を解き位置に据え、たんねんに清掃、洗浄する。だから蔵を去るとき、それほどていねいに取り片付けなくともいいだろうと私は思うのだ。これは彼らの清潔…

「古本屋の女房」 田中栞 (2004) 平凡社

これも実家から借りてきたもの。文字通り古書店夫人のエッセイで身辺雑記のようなものだが、「本フェチ度」がものすごい。趣味なんだろうが、全国の古書店を訪ね歩くくだりが読ませる、というより、ちょっと呆れる。京大の周辺やAmazonで見かける古書店とは…

「赤めだか」 立川談春 (2008) 扶桑社

聴いていて鳥肌が立った。弟子の祝いの会なのだ、手慣れた十八番の根多で観客を爆笑させることなど簡単だろうに、談志(イエモト)はそれをしなかった。落語と向き合ってゆく姿勢、喉の良くない談志が、勿論圓生とは違うアプローチでだが、唄っている。噺家…

「中谷宇吉郎随筆集」 樋口敬二編 (1988) 岩波文庫

どの学問でもそうであろうが、特に物理学の方面では、本当の意味の指導ということは非常に困難な事であって、先生の予期されるように弟子たちはなかなか進歩しない。或る時先生はS教授に、「君、若い連中を教育するには、無限に気を長く持たなければいかんよ…

「龍宮」 川上弘美 (2005 単行本は2002) 文春文庫

幻想譚というものだそうである。そこから何も教訓めいたことを引き出すことが出来ない/それを拒むような「おはなし」なのだけれど、それらの中には「いつか死ぬ」という思いが通底している。人間も、異形のものたちも、歳をとりながら、死に向かって疾走し…

「わたしの普段着」 吉村昭 (2008 単行本は2005) 新潮文庫

氏は、ベレー帽をぬぎ、感謝の言葉を口にしているらしく深く頭をさげ、その席に腰をおろした。その仕草がまことに優美で、私は美しいものを見た、と思った。緑の濃い季節で、氏が坐った座席の窓が緑一色にそまり、氏のいんぎんに頭をさげた姿が、緑の色と調…

「初夜」 イアン・マキューリアン 村松潔訳 (2009) (新潮クレストブックス)

彼は記憶のなかの彼女をそっとそのままにしておきたかった。ボタンホールにタンポポを挿し、ビロードの布きれで髪を結わえて、キャンバス地のバッグを肩にかけていた、あの骨格のしっかりとした美しい顔と飾らない満面の笑みを。(p-165) えらく扇情的なタ…

「役に立たない日々」 佐野洋子 (2009) 朝日文庫

ガンと聞くと私の周りの人達は青ざめて目をパチパチする程優しくなった。私は何でもなかった。三人に一人はガンで死ぬのだ。あんたらも時間の問題なのよ、私はガンより神経症の方が何万倍もつらかった。百万倍も周りの人間は冷たかった。私の周りから人が散…

「ま・く・ら」 柳家小三治 (1998) 講談社文庫

なかなか人を育てる、見るというのは難しいもので、つまり自分がこうあってほしいからとそっちへ追いやろうと思ってもダメなんですね。そっちへ行くなよと、かえって引き戻してやると、自分の力で向こうへ行こうとする。その自分の力を見つけてやるというこ…

「大好きな本 川上弘美書評集」 川上弘美 (2010 単行本は2007) 文春文庫

父よなぜあのときあんなことを言った。おかげでわたしは十年もマルヤサイイチという作家の本を読まずに過ごしてしまったではないか。読めずに過ごしてしまったではないか。ゆるせん。ゆるせーん。(「男もの女もの」 p-326) あはは。書評というか、個々の本…

「女たちよ」 伊丹十三 (2005 単行本は1968) 新潮文庫

こんな安物をも飾り立てずにはおられない。それがかえって貧乏たらしいことに気づかない。これは安物だからガスがなくなったら捨ててしまうんだ、というところがクリケットの颯爽たるところじゃないの。なんにもわかっちゃいない、のです。(スパゲッティの…

「調理場という戦場 『コート・ドール』斉須政雄の仕事論」 斉須政雄 (2006 単行本は2002) 幻冬舎文庫

才能というもののいちばんのサポーターは、時間と生き方だと思う。才能だけでは駄目だと思うのは、「時間や生き方なしでは、やりたいことの最後までたどりつかない」と僕が感じているからなのです。仕事に合った生き方を持続できるかできないかが、才能の開…

「イノベーションの知恵」 野中郁次郎 勝見明 (2010) 日経BP社

施設で行われる訓練指導は例えていえば、国語、数学、理科、社会、英語とあって、数学が苦手な人は数学を克服しなければ社会参加しては駄目という考えです。でも、それは管理する側の論理です。障害者の側に立てば、"数学抜きの私立文系"の生き残り方もある…