「わたしの普段着」 吉村昭 (2008 単行本は2005) 新潮文庫

わたしの普段着 (新潮文庫)
氏は、ベレー帽をぬぎ、感謝の言葉を口にしているらしく深く頭をさげ、その席に腰をおろした。その仕草がまことに優美で、私は美しいものを見た、と思った。緑の濃い季節で、氏が坐った座席の窓が緑一色にそまり、氏のいんぎんに頭をさげた姿が、緑の色と調和しているように見えた。(席をゆずられて p-43)
実家の書架にあったものを借りたので、ずいぶん古い世代の著者なのだけれど、父親の書く文章に似ていることに驚く。四角四面で、過剰に説明的な気がするけれど、まぁ、彼らにとってはそれがしっくりするのだろう。たまたま電車の中で見かけたドイツ文学者の立ち居振る舞いが美しい、という文章。そういうふうに歳をとるためにはどうすればよいか、いまから考える必要があると思う。(2012年2月18日読了)