「カイミジンコに聞いたこと」 花井哲郎 (2006) どうぶつ社

カイミジンコに聞いたこと
どこの地質の説明だったかもう記憶に残ってはいないが、地層中の化石を掘り出しながら、化石の産状の説明をして、観察から過去の環境が復元されて面白いと話をしていたとき、ある学生が、突然、「先生、何のためにそんなことを研究しているのですか」と言うのである。(中略) 実のところ、私は愕然とした。そして、後々まで何でこんなことを研究しているのだろうと考えさせられた。この学生は後に地震研究所の教授になり、独創的な多くの業績を残したが、若くして亡くなってしまった。(コブラ p-224)
いわゆる古き良き時代の大学の先生という感じ。学内雑誌に掲載された随筆をあつめたもので身辺雑記も多いけれど、ところどころにこうした洞察が光る。ここではこのあと、大の大人が平気で意味のはっきりしないことをやっていることがいかに多いか、と指摘されている。研究も、仕事も、本を著すのも、突き詰めれば自らが生きた意味を問うためであろう。さもなくばひとの生に意味など無いことが、若いあいだは分からない。この本を上梓された翌年に亡くなられたというobituary(pdf)がウェブ上に残っている。(2012年3月23日読了)