2012-02-01から1ヶ月間の記事一覧

「わたしの普段着」 吉村昭 (2008 単行本は2005) 新潮文庫

氏は、ベレー帽をぬぎ、感謝の言葉を口にしているらしく深く頭をさげ、その席に腰をおろした。その仕草がまことに優美で、私は美しいものを見た、と思った。緑の濃い季節で、氏が坐った座席の窓が緑一色にそまり、氏のいんぎんに頭をさげた姿が、緑の色と調…

「初夜」 イアン・マキューリアン 村松潔訳 (2009) (新潮クレストブックス)

彼は記憶のなかの彼女をそっとそのままにしておきたかった。ボタンホールにタンポポを挿し、ビロードの布きれで髪を結わえて、キャンバス地のバッグを肩にかけていた、あの骨格のしっかりとした美しい顔と飾らない満面の笑みを。(p-165) えらく扇情的なタ…

「役に立たない日々」 佐野洋子 (2009) 朝日文庫

ガンと聞くと私の周りの人達は青ざめて目をパチパチする程優しくなった。私は何でもなかった。三人に一人はガンで死ぬのだ。あんたらも時間の問題なのよ、私はガンより神経症の方が何万倍もつらかった。百万倍も周りの人間は冷たかった。私の周りから人が散…

「ま・く・ら」 柳家小三治 (1998) 講談社文庫

なかなか人を育てる、見るというのは難しいもので、つまり自分がこうあってほしいからとそっちへ追いやろうと思ってもダメなんですね。そっちへ行くなよと、かえって引き戻してやると、自分の力で向こうへ行こうとする。その自分の力を見つけてやるというこ…