2012-03-01から1ヶ月間の記事一覧

「百鬼園随筆」 内田百輭 (2002 初版本は1933) 新潮文庫

しかし、又他の、耶蘇教信者の友達が、こんな事を云った。実際、世渡りがうまいという事はひとつの天稟(てんびん)である。僕なんか到底実生活で成功する事は出来ない。努力すれば、却って反対の結果になる。実生活ばかりではない。うまいという事は信仰の…

「吟醸酒の光と影」 篠田次郎 (2001) 技法堂出版

清酒は江戸時代に灘という産地を形成した。明治後期に伏見も産地になった。だが、その生産量は昭和二〇年までは双方あわせて十数%に過ぎなかった。「灘の下り酒」「灘の生一本」「灘の男酒、伏見の女酒」など、これらの産地の酒を称えるキャッチフレーズが…

「吟醸酒への招待」 篠田次郎 (1997) 中公新書

そればかりではない、多くの器具は紙や布で覆い縄掛けまでするのだ。半年たったらまたやってきて、包装を解き位置に据え、たんねんに清掃、洗浄する。だから蔵を去るとき、それほどていねいに取り片付けなくともいいだろうと私は思うのだ。これは彼らの清潔…

「古本屋の女房」 田中栞 (2004) 平凡社

これも実家から借りてきたもの。文字通り古書店夫人のエッセイで身辺雑記のようなものだが、「本フェチ度」がものすごい。趣味なんだろうが、全国の古書店を訪ね歩くくだりが読ませる、というより、ちょっと呆れる。京大の周辺やAmazonで見かける古書店とは…

「赤めだか」 立川談春 (2008) 扶桑社

聴いていて鳥肌が立った。弟子の祝いの会なのだ、手慣れた十八番の根多で観客を爆笑させることなど簡単だろうに、談志(イエモト)はそれをしなかった。落語と向き合ってゆく姿勢、喉の良くない談志が、勿論圓生とは違うアプローチでだが、唄っている。噺家…

「中谷宇吉郎随筆集」 樋口敬二編 (1988) 岩波文庫

どの学問でもそうであろうが、特に物理学の方面では、本当の意味の指導ということは非常に困難な事であって、先生の予期されるように弟子たちはなかなか進歩しない。或る時先生はS教授に、「君、若い連中を教育するには、無限に気を長く持たなければいかんよ…

「龍宮」 川上弘美 (2005 単行本は2002) 文春文庫

幻想譚というものだそうである。そこから何も教訓めいたことを引き出すことが出来ない/それを拒むような「おはなし」なのだけれど、それらの中には「いつか死ぬ」という思いが通底している。人間も、異形のものたちも、歳をとりながら、死に向かって疾走し…