「ミラノ 霧の風景」須賀敦子 (2001) 白水Uブックス

ミラノ霧の風景―須賀敦子コレクション (白水Uブックス―エッセイの小径)
柩が教会から運びだされるというときに、アントニオだ、とだれかが言った。まわりにいた人たちが、道をあけたところに、アントニオが汗びっしょりになって、立っていた。手には半分しおれかけたエニシダの大きな花束をかかえていた。きみが好きだったから、そう言ってアントニオは絶句した。それが、アントニオと会った最後だった。(アントニオの大聖堂 p-210)
おそらくけっして名文家というわけではないのだけれど、濃い文章だなという印象を受ける。自分の見たこと、感じたこと、考えたことだけを綴った中から、イタリア人でも日本人でも変わらない「ひとの生きる営み」が、血肉を持って立ち上がる。朗読のボランティアをしている私の母は、著者の「強さ」が自分の中になくて、彼女の本をうまく読むことができないといった。外国で暮らすことは、あの、むき出しの皮膚で世界と対峙するような感覚に耐えることを要求する。イタリアでひとりぼっちで母国語で考えた、膨大な時間の結晶であればこそ。(2011年8月12日読了)