「行きつけの店」 山口 瞳 (2000) 新潮文庫

行きつけの店 (新潮文庫)
こういうものを書き終わって、いま私の心に残るものは、意外にも“時の移ろい”である。あれが美味かった、あそこの眺めがよかったではなく、あのときのあの人の笑顔がよかったという類のことである。それは私の瞼に焼き付いている。私はそのことに驚く。(時の移ろい(あとがき)p-255)
カラー写真の入った文庫本というのを初めて見た気がするが、ところどころに「山口瞳」の署名の入ったのれんや額が写っている。「にんげんだもの」の源流を見た気が。次々と出版されるレストランやカフェのガイド本を横目に、腰が重いこと、グルメでないことを引け目に感じてきたけれども、(もちろん舌が肥えているには違いないが)このような「食通」のあり方があり得ることに目を開かされた感。歳を取って、すべてのものが失われていくことを思い知らされてこそ、このようなあり方を「味わう」ことが出来るのだろう。その儚さ、哀しみが文章の向こうに透ける。(2010年9月17日読了)