旅人 ある物理学者の回想(1960)湯川秀樹角川文庫

旅人―湯川秀樹自伝 (角川文庫)
科学に対する信頼によっても、しかし私の厭世観はとり除けなかったばかりか、むしろ反対に、科学的な自然観の中に、厭世観を裏づける、新しい要素さえ見出すことになった。けれども、そんな心理的な状況下でも私を支えてきたものは、自分の創造的活動の持続の可能性であった。もし、その源泉が枯渇したらどうなるか。私の手の内は、もう切り札を持たないカードの群である。そうであればこそ、私は理論物理学にくらいついている。それは人間的な矛盾や苦悩を越えた調和と単純を求める、潜在意識のしわざなのかも知れない。(p-110)
先に読んだ雑誌の特集記事「日本の科学者100人」から。もっと早く出会いたかった本であった。厭世的な気分、強すぎる自我、アンバランスな発達、ものごとへの固着、周囲とのなじめなさ、それを恥じる自分。あぁあなたもそうだったのですねと、強い親和性を感じる。もちろん頭の中身はずいぶんと違うのだろうが、それも「あり」なのだ、と言われた気がした。一度自分もこうして、幼年期からの変遷を思いだして、「棚卸し」をしてみてはどうかと思う。人はやはり、持って生まれた資質が開花していくように生きるのだ。しかし彼は、職を得、家庭を持つことで、その頑なな自分を少しずつ開いていくことに成功する。自分にもその機会があったはずだと、思い起こしてみる。
(2009年8月15日読了)