「モロッコ革の本」 栃折 久美子 (1991) ちくま文庫


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四十六年。四十六年間、毎日毎日同じことのくり返しだ。一日に二リットルの牛乳を飲み……これは銅の毒にやられないためなんだそうだが、他のものは食べたくないと言ってね。私のこの銘の金版を彫った男だ。人間はそんなふうにして生きているよ。どこの国でも。(忙しい夏休み p-258)
アルチザンという言葉を、この本で知った。ルリユールと呼ばれる、ヨーロッパでも廃れつつあった製本技術を、ベルギーの高名な先生に弟子入りして学んだ際の留学記ということになる。製本に関わるいろいろや、1970年代の異国での生活の様子などはさておき、国籍も年代も関係なく、そうして一つの技を極めようとする者どうしが、その一点においてお互いを認め、深く理解し合うさまに、やはり感銘を受ける。物事の本質とはなにか。それを知る者のみが、「そんなふうにして生きる」ことができる。(2012年8月28日読了)