「街場のメディア論」 内田 樹 (2010) 光文社新書

街場のメディア論 (光文社新書)
それは医療と教育という、人間が育ち、生きてゆく上で最も重要な制度について、市民の側に「身銭を切って、それを支える責任が自分たちにはある」という意識がなくなったからです。市民の仕事はただ「文句をつける」だけでよい、と。制度の瑕疵をうるさく言い立て、容赦ない批判を向けることが市民の責務なのである、と。批判さえしていれば医療も教育もどんどん改善されていくのである、と。そういう考え方が社会全体に蔓延したことによって、医療も教育も今、崩れかけています。(第三講 メディアと「クレイマー」p-71)
ブログをずっと読んでいるので目新しいことはないはずだが、やはり魅力的な切り口、語り口。確かにこうした他責的な物言いにあふれた時代が長かったように思う。ようやくその世代が退場し、自分が、自分の身の回りから始めなければならないことを、一種のイデオロギーとして標榜できる世代が登場しようとしているのではないか。このように60になってなおその知性が切れ味を失わないように、あるいはますます円熟味を増すように歳を取るにはどうしたらいいのかと思うが、いつまでも多くの人たちと言葉を交わし続けることに秘訣があるのかもしれないとふと思う。長く生きるほどより良くものが見え、わかるようになり、現実に対する好奇心とコミットメントを失わずにすむ人生ほど、幸せなものはないだろう。(2010年9月29日読了)